• HOME
  • ブログ
  • レポート
  • 京都の老舗旅館「すみや亀峰菴」で現代美術家の柳幸典が大作を日本初公開。太平洋海底で眠る世界七大戦艦の中で唯一現存の「長門」がテーマ

京都の老舗旅館「すみや亀峰菴」で現代美術家の柳幸典が大作を日本初公開。太平洋海底で眠る世界七大戦艦の中で唯一現存の「長門」がテーマ

ロビー兼ギャラリー展示風景 手前より 柳幸典《Nagato70・Ⅰ-Ⅱ》(2021)、《Nagato Blue - (propeller) 》(2020) 撮影=山田周平
レポート

文=黒木杏紀

今春、現代美術家・柳幸典の手によってリノベーションされた京都の老舗旅館「すみや亀峰菴」。新たに展示替えが行われ9月18日に柳の新作が初披露された。

京都府亀岡市の老舗旅館「すみや亀峰菴」は、木炭商「炭屋」として長くこの地で商いを続け、1955年に「湯の花温泉」の看板を初めて掲げ旅館を創業。京都の中心地から車で1時間足らずのいわば京都の奥座敷に位置する、趣のある茅葺の門構えが特徴の和モダンスタイルの旅館である。ジョン・レノンとオノ・ヨーコ夫妻や松田優作らも宿泊したことで知られている。

その「すみや亀峰菴」では、2021年4月に大掛かりなリニューアルが行われ、リノベーションに取り組んだ国際的に活躍するアーティスト・柳幸典の代表的なシリーズのひとつ「Wandering Position(さまよえる位置)」がロビー兼ギャラリーに展示されていた。今回新たに展示替えとなり、9月18日から柳のパシフィック・シリーズの新作が日本で初公開となった。

柳の「パシフィック・シリーズ」は第二次世界大戦中に海へと沈んだ日本の戦艦をモチーフとするもので、メガギャラリーBlum & Poeのロサンゼルスと東京でそれぞれ《Pacific》(1996年)と《Akitsushima 50・I – II》(2019年)が展示され話題を呼んだ。

今回、すみや亀峰菴のロビー兼ギャラリーでは鉄の鋳物として制作した巨大な立体作品《Nagato70・Ⅰ-Ⅱ》(2021)とその設計図、そして柳が自らダイビングして沈む長門の姿を撮影した写真作品《Nagato Blue – (propeller)》(2020)が初披露された。この立体作品は第二次世界大戦中の弩級戦艦「長門」のプラモデルキットから取り出されたもので、実物を70分の1に縮小した鋳鉄製のレプリカとなる。1920年に大日本帝国陸軍が建造したこの戦艦は、1946年にビキニ環礁での核実験の標的となり沈没した最後の生き残りの戦艦のひとつであった。

近年、現代美術を取り入れたアートホテルは増加の傾向にあるが、作品展示だけでなく空間構想から現代美術家が直接手掛けた例はまだそう多くは見られない。すみや亀峰菴は2007年より日本の匠の技をふんだんに取り入れながら旅館の改装に着手も、ロビーのリニューアルは長年の経営課題だったという。それが2年前の現代美術家の柳幸典の作品購入がきっかけで大きく動き出した。次なる一手として旅館の玄関口となるロビー兼ギャラリーのリニューアルを柳に託したのである。「古(いにしえ)を新しく楽しむ」という一貫した経営姿勢のもと、旅館に対する固定観念に縛られず、意外性や新しさを組み合わせることで旅館の在り方を更新、現代美術を取り入れたのもその一つだったといえる。

ロビーを中心とした各開口部には鉄の素材を大胆に使用、額縁代わりとなる鉄のキューブから垣間見える絵のような景色は一瞬にして非日常の世界に引き込んでくれる。旅館に滞在するなか、時間の経過とともにこの場所が伝統の技と現代美術が織りなす稀有な空間であることに気づかされていく。

京丹波に在住する日本屈指の匠たちの手仕事は心憎いほど慎ましやかだ。例えばフロントの背景の壁紙に和紙職人のハタノワタル、陶芸家の石井直人、茶釜が置かれたカウンター奥は左官職人・久住章による千利休が建てた国宝の茶室「待庵」を再現した土壁。よほどの目利きでもない限り、何も言われなければそれらの価値は気づかれず見過ごされてしまいそうである。

そして、ロビー兼ギャラリーのほかにもそんな匠の技の空間にそっと配された柳の作品の数々があり、その手際は実に鮮やかなのである。客人を出迎えるエントランスには、漆黒の静かな海を模した漆喰の壁の上に、荒波に翻弄される小舟が描かれた葛飾北斎の《神奈川沖浪裏》を引用した作品《Study for Japanese Art -Hokusai-》。近くに寄って見なければ、ところどころ蟻に掘り崩された砂絵でそれがアート作品であることは分からない。これは柳の代表作品「アント・ファーム」シリーズのひとつなのである。また、茶釜のある「待庵」を再現した壁にも美術史のアイコンをテーマとした同シリーズのアンディ・ウォーホルの作品「Flowers」を引用した《Study for American Art-Flowers-》がそっと色を添えている。

※柳幸典:1959年福岡県生まれ。イエール大学大学院美術学部彫刻科修了。1993年に第45回ヴェネチア・ビエンナーレのアペルト部門受賞。テート・ギャラリーやニューヨーク近代美術館など多くの美術館に作品が収蔵され国際的にも高い評価を受けている。離島の近代化産業遺産をアートとして再生する「犬島プロジェクト」を1995年に構想し、2008年「犬島精錬所美術館」の完成に至る。現在は、尾道市百島の廃校を活用した「ART BASE MOMOSHIMA」をディレクションし、瀬戸内海の離島をフィールドに新たな表現の地平を探求する。2016年には釜山ビエンナーレに参加したほか、作家活動の集大成的個展を横浜BankART Studio NYKを全館使って開催。

※長門:戦艦「長門」の完成は1920年。日本の誇りとして国民から親しまれる日本海軍の象徴でもあった。世界七大戦艦(ビッグ7)の一つに数えられた。
終戦時、航行可能な唯一の戦艦として日本海軍で唯一生き残った戦艦となる。アメリカに接収された「長門」は終戦翌年の3月、アメリカの核実験の標的艦となるためマーシャル諸島に向け出航。目的地のビキニ環礁へ到着すると他の約70隻の戦艦とともに核実験の標的とされた。2日に渡る大爆発を受けそれでも沈まず、2度被爆した翌日の夜、誰にも知られることなくひっそりと沈没する。「長門」は現在太平洋の海底で静かに眠り続けている。戦前「ビッグ7」としてもてはやされたほかの戦艦はすでにない。海中に没しているとはいえ、現在も見ることができる「ビッグ7」はいまやこの「長門」だけとなる。

Information

場 所:すみや亀峰菴
住 所:京都府亀岡市稗田野町柿花宮ノ奥25
電 話:0771-22-7722
URL  :https://www.sumiya.ne.jp/ 

ピックアップ記事

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。

error: