• HOME
  • ブログ
  • レビュー , レポート
  • 伝統的かつ専門性の高い日本画をたのしく紐解く「コレクション展 日本画ことはじめ」関連イベント ワークショップ参加レポート

伝統的かつ専門性の高い日本画をたのしく紐解く「コレクション展 日本画ことはじめ」関連イベント ワークショップ参加レポート

レビュー

日本画で使われる絵具とさまざまな道具、日本画を支える職人の存在

ワークショップ会場となる「緑爽庵」に入ると、コの字型に並べられた机の上に筆や紙、膠(にかわ)、染料、さまざまな種類の道具が整然と並べられていた。日本画の特徴の一つである画材についての話からワークショップは始まった。以下はその説明の要約である。

日本画材を使用する奥深さを次のように山下講師は説明した。
「例えば、この紙の良さを生かすためには、まずその紙の特徴を知ることが必要となる。紙のにじみ具合を理解し、にじむ紙にあえてにじませずに描くことで出てくるあじわいもある。いろんな画材の特徴を理解して組合せ、それらを最大限に活かし、表現へと結びつけるための修練やこだわりがある。特に今回の展覧会で展示されている近代の日本画家の作品はその事を強く感じることが出来る」。

「コレクション展 日本画ことはじめ」 展示室にて

画像に alt 属性が指定されていません。ファイル名: 8-1024x768.jpg

このような画材や技術的観点からの作品の読み取りは、実際に日本画を描く側の目線がないとなかなか難しく、今回のワークショップ参加の醍醐味のひとつといえる。

近年君は「何か形体のわからないものが描いてみたい」と漏らしてゐた。これは君の心象画からさらに抽象の中に突入しようとする志向であったやうである。”(p114)
“君の画境は写実を根幹としてゐた。心象的表現を発露しながらも、写実の実体から逸脱することはなかつた。したがって君の自然観は、常に普遍の庶民性につながると言へるかも知れない。高踏的画境を意識しながら、対象の自然感は、常に第三者の感じ得る客観的自然の形体をはづれていないのである。

さらにピカソの展覧会が日本で開催されたときのエピソードへと続く。

しかし或る日、君と私は或る展覧会でピカソの絵の前に立ってゐた。それはピカソのキュービズム時代の絵である。黒を主体とした色調の中に僅かに白と茶の交差する画面である。バイオリンのやうな形をしたものが中央にあるやうな気がするが、判然としない物体の表現である。(中略)二人はこの絵の前でしばらく動かなかった。少しずつ二人は話し合った。
こんな境地になれたらなあ……という詠嘆の声であつた。これは期せずして二人は同じことを考へてゐたのかも知れない。それは自分たちの現在置かれてゐる、写実という問題が大きくのしかかつてきてゐるのである。”(p116) 徳岡神泉 徳岡神泉兄の死を悼む(昭和47年8月)

小野竹喬・随筆「冬日帖」

第4章「新たな表現の追求」では、昭和時代の日本画の表現にさらなる広がりを感じることができ、第3章までの日本画とは少し様子が違うことが見て取れる。

西宮にゆかりの深い山下摩起は京都市立絵画専門学校で日本画を学んだ卒業後、油彩画の研究に着手。留学先のフランスで学び、フォヴィスムやキュビスムという新しい絵画運動に強い影響を受ける。帰国後は日本画を再び制作し、西洋絵画を取り入れた特殊な日本画に取り組んだ。下記の作品《雪》(1933)が、もし屏風に描かれていなければ、一目見てこれが日本画とは分からないかもしれない。そして驚くことに制作されたのは1933年、90年以上も前に描かれた作品には到底見えず、古臭さもまったく感じられない。

“いつだったか君は「小野さんゐますか」と訪れてきた。手には二枚の作品らしいものをさげてゐた。すぐ私の目の前にそれをたてかけた。庭石に水を含んだ雪が積もつてゐる横画面の作であつた。も一つの一枚を畳の上に置いた。それは絵ではなく写真であつた。いま君の持つてきた絵と同じ構図ではないか。「この写真を見てこの絵を描いてるのや」普通なら恥づかしいと思ふ気持の場合だけれども、君は平気であつた。その態度は、写真は自然の対象として取り扱つてゐるとしか思へない。「この写真の石ののぞいてゐるところが、僕の絵よりも濃いので、この写真のやうに、もつと強くしたらどやろ」「それは強い方がよいだらうけれど、そこだけ飛び出しはしないかなあ」私はつぶやくやうにいつた。君は「ふむう」といつたきりだつたが、結局君は私を相手にして自問自答してゐるのである。東京・兼素堂での展観では、この絵が光つた。私は君の傑作の一つだと思ふ。写真と同じ構図で描いたにしても、福田式に消化しつくされてゐて、美しいのである。絵とは面白いものだと思ふ。”(p126) 福田平八郎 福田平八郎兄をおもふ(昭和49年4月6日)

小野竹喬・随筆「冬日帖」

当時すでに作家としての地位も名誉も確立し、「写生狂」を自称していたという福田が、ある意味写真を見ながらそのまま写し描いていることにまず驚く。さらに小野によればその作品は傑作で、絵とは面白いものだと感心させているのである。もう一つは、福田平八廊の代表作のひとつ《新雪》に関するエピソードである。

”昭和二十三年日展第四回のときである。東京は戦災のあと、泊まりつけの宿は皆焼失してゐた。ある人のあつせんで、上野公園清水町近くの一角に料亭である一軒が宿もしてくれるといふので、審査に東上の京都組は皆そこに泊ることになつた。福田さんは「新雪」をまだ未完だと言つて、宿に持ち込んで仕上げにかかつた。私も未完なので宿に持ち込んだが、宴会場に使つてゐる大広間に、も一人未完作に筆を加えてゐる人がゐた。福田さんが大きな声で「小野さん、筆の切れたのないやろか」「さあ切れたの無いけど、新しいの先切つたらどうやろ」不図見ると福田さんは、細筆の先に胡粉をつけて、叩くやうにして描いてゐるのである。「濡らさなあかんか」「そら濡らさなあかん」このオーム返しの返事は、強い響きをもつて、私の耳にはね返つてきた。なる程濡らしては叩き、濡らしては叩くので、あの柔軟な表現の新雪ができ上がるのであつた。”(p128)福田平八郎 福田さんの思ひ出(昭和50年2月)

小野竹喬・随筆「冬日帖」

この文面から、絵具や画材の使い方、表現に対する粘り強さや強い思いが文章から非常に伝ってきたと山下講師は話す。もうすでに福田も小野も審査員の立場なのに、「完成が間に合わない!」とまるで卒業制作時のように最後まで画面に手を入れて描いている様子や二人のやりとり、このエピソードを随筆に描いてしまう竹喬も面白い。また作品を最後の最後までやり遂げる執念に頭がさがる。この話をワークショップでぜひ話たかったそうだ。展覧会で作品を見るだけではなかなかわからない、日本画壇の大御所二人の関係と人間臭さが感じられるエピソードである。

…………………………………………………………………………………………………
講師プロフィール 山下和也
講師の山下和也氏は、日本と中国の古典絵画の模写と文化財修復で培った技術と経験をベース に作品や絵画を制作。日本文化のみならず西洋などにも幅広い関心を持ちつつ、日本画や書画の材料・技法と 日本の歴史、文化、思想を踏まえながら、伝統芸術と現代芸術をリフレーミングすることを主眼に活動する作家。
Kazuya YAMASHITA  https://kazuyayamashita.com/
…………………………………………………………………………………………………

(※1)小野竹喬・随筆「冬日帖」(求龍堂、1979年)
小野竹喬
出版社:求龍堂
247ページ
発売日:1979/04/01
https://x.gd/l2z0A (確認:2024年2月24日)

(※2)下記の西宮大谷記念美術館HPよりコレクション検索が可能。作品を見ることができる。
コレクション|西宮市大谷記念美術館  http://otanimuseum.jp/collection.html(確認:2024年2月24日)
(※3)下記の西宮大谷記念美術館HPよりコレクション検索が可能。作品を見ることができる。
コレクション|西宮市大谷記念美術館  http://otanimuseum.jp/collection.html(確認:2024年2月24日)

展覧会概要
名称:コレクション展 日本画ことはじめ
会期:2024年1月13日(土)〜2月18日(日)
会場:西宮市大谷記念美術館
ワークショップ
日時:2024年2月10日(土)
会場:西宮市大谷記念美術館、緑爽庵
講師:日本画家・山下和也

ピックアップ記事

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。

error: